商談はいつだってミステリー…

奥さん:「ねぇ、パパ、このクルマでいいじゃない。ねっ、決めちゃいましょうよ!」

ご主人:「ん〜、そうだな〜、じゃあママのシャネルを1年分我慢してくれるかな?」

奥さん:「!?、え〜、意地悪ねぇ〜」

私:「・・・」

お子さん(4才くらい):「ねぇ、パパ、これ買って!」

ご主人:「さあさあ、じゃあ晩ご飯食べに行こうか」

「カベヤさん、今日は悪いけど、決められないから帰るわ」

私:「そ、そうですか…、では、お返事を楽しみにお待ちしております。」…

 

これは、30歳半ばくらいのお医者さんご家族がご来店された時の商談の一幕だ。

親子3人、川の字で寝ることができる一番幸せな時期。

ご夫婦はそれまでのセダンタイプからヴァンタイプへの買い替え、もしくは増車を検討されていた。

というよりご主人があるクルマのことが気になって2週間ほど前に来店されていたのだ。

その時の商談でクルマを痛く気に入ってくれたご主人が「こんど妻を連れて来るから、カベヤさん説得してくれる?」

という話になっていた…

あとは奥さんさえ説得出来れば、成約は約束されたようなものだった…

シーソーゲーム

上の会話を聞く限り、私はその大役を見事に果たしたかのように見える。

しかし、結果は真逆となった…

しかも「妻を説得してほしい」とお願いされたご主人本人にダメ出しされてしまったのだ。

あっちが上がれば、こっちが下がる。

「なんて理不尽な話だ!」

そう、思うかもしれない。

「お客さんなんて身勝手な人ばかりだ!!」

多くの営業はそう愚痴をこぼす。

しかし、買わない理由は必ずある。

この時だって、買わない理由、いや、買えない理由が確実にあった。

私は、とんでもない間違いを犯していたのだ。

ご主人の表情に気付くまでは…

営業マンのやる気が無意識に上がる瞬間はいつ?

私がしでかしてしまった過ち、それは…  つまり…

その奥さんのことを愛してしまった!

いや、それは冗談だけど、でも確かに美人でお色気のあるスレンダーな奥さんだった。

営業マンだって所詮は動物のオスだから、綺麗な女性が来店されると俄然張りきるやつがいる。

私は自分ではそうでもないと思ってはいるが、でもやはり美人の方が嬉しいというのが本音だ。

正直、この奥さんに心奪われていたことも認める。

しかも美人な上に、ご主人の後ろ盾があるのだから、それはもう力が入って当然である。

今思えば、それはハタから見たら、盛りのついた雄犬のような立ち振る舞いだったのかもしれない。

とにかく私は、のっけから飛ばしまくっていた。

ショールームの中のドライブ

明るく、優しくエスコートするように努めた。

笑顔を振りまきながら、まるでホストクラブのホストのように(行った事ないけど)奥さんを事あるごとに褒めちぎった。

最初は控え気味だった奥さんも、だんだん笑顔が多くなって調子が出てきた。

「まあ、カベヤさんたらお上手だこと!」

「うんうん、それで?」

「ワッ!素敵ねぇ〜」

「あっ、それ可愛いわね!」

私は奥さんを運転席に座らせ、私は助手席に座り、奥さんがクルマを使っているところをイメージさせながら話を展開していった。

まさにわたしの独壇場だった。

私と奥さんはショールームの中のクルマでドライブデートを楽しんでいた。

ある意味、二人きりの密室で。ご主人を外に残したまま…

「絶対零度」で凍りついた瞬間

「ねえ、パパ見てみて!すごいわ!」

奥さんがドア越しにご主人に問いかけた。

それまで満面の笑みだった私の顔から血の気が引いたのは、その奥さんの問いかけに反応しようとして顔を上げたご主人の表情を見た瞬間だった。

「あ、そう…」

足を組んだ、その右足が小刻みに震えている。

貧乏ゆすりをするご主人の隣で、私があらかじめ用意しておいた画用紙とクレヨンを使って子供さんが静かにお絵かきを楽しんでいた。

「しまった!」…

私は、とっさに、本能的にその意味を理解した。

即座に話を打ち切ったが、私の顔はかつてないほどに引きつっていたと思う。

奥さんに気付かれないようにするのがやっとだった。

私と奥さんはクルマから出て、ご主人の待つテーブルへ向かった。

HP(ヒットポイント)0にまで陥るダメージ

ウインドウショッピングを楽しんで意気揚々と戻って来た奥さんと、待ちくたびれたお父さんとその子供、というデパートで良く見る構図がそこに繰り広げられていた。

さっきまで「大人しく」していた子供さんが、「ウソでしょ?」と思えるような息の根を止める言葉をたたみかけた。

「ねえ、ママ、楽しそうだった、パパ可哀そう」…

まさに「痛恨の一撃」!

これ以上ないタイムリーなコトバだった。

私は幼い子供のトドメを刺す一撃にもろくも崩れ落ちた。

「子供っぽい」のは、むしろ私だった。

「そうじゃないのよ、ママね、お車のこと聞いてたの、でもママ気に入っちゃったな!」

無邪気な子供さんは、素直にそのコトバに安心したのか、またお絵かきを始めていた。

素直になれないのは、ご主人の方だ。

試合終了

私は精一杯「すみません、お待たせしちゃって!」とコトバを掛けた。

本来であれば、奥さんを説得できたのだから「Win -Win」の関係になるはずだった。

「いやー、よくやっていただけた」と心で目配せしてもらえるはずだった。

でも、ご主人の顔に笑みは無い。

もはや私が発するどんなコトバもご主人の心には届かなかった。

ゲームオーバーだった。

復活の呪文はない。

私の亡き骸は、商談テーブルのイスに座ったまま、お客さんが帰り支度をする様子を眺めていた。

 

 

後編につづく

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